A new old trip ~あそ1962の旅~(4)

血は争えない。
2008.5.18 豊肥本線 立野
A new old trip ~あそ1962の旅~(1)

古くて新しい旅へ。
2008.5.18 豊肥本線「あそ1962」車内
51年目の越冬・熊電上熊本線2008(7)
一日の終幕をつげる紅い光がすべてを包み込む。
あたりは時が止まったかのように静かになる。
しかし、時のあゆみは決して止まらない。
明日になれば、何事もなかったかのように、青ガエルはまた走り出す。
時の振り子を動かすように。
51年目の越冬・熊電上熊本線2008はここまで。
撮影データ:α700+17-50mmF2.8
51年目の越冬・熊電上熊本線2008(5)
「代替車両がない」
という理由で、青ガエルは走り続けている。
路線事情に恵まれた、ともいえるが、一方で普通ならもう廃車になってしかるべき、とも捉えられる。
当の本人はどう考えているのだろうか。
眉間の皺は、年々深くなっている。
撮影データ:熊本電鉄上熊本線 池田 α700+70-200mmF2.8
51年目の越冬・熊電上熊本線2008(4)
池田駅は、熊本市街中心地よりわずか3キロにある、山間の静かな住宅街である。
すぐそばの台地の上を走る主要道からの「死角」で、川に沿って走る鉄道・国道からも離れていることが、この土地に奇跡的な静けさをもたらしている。
日月サスペンス劇場・長門関門(8)
ひとり旅は
自分と向き合い
自分と語り合う
最高の時間だと思う。
改札口を通れば
仕事にしろ、家族にしろ
誰かのためであろうとする自分から
しばらく離れざるを得ないからだ。
日月サスペンス劇場・長門関門ウェディングルート・二人の花嫁を結ぶ青い糸 N700系に先行する列車のなz(以下略)(2)

・・・
((((;゜Д゜)))ガクガクブルブル
新幹線がクリスマス・エクスプレスなら最高時速50キロの地方私鉄であるこちらは「クリスマス・ローカル」だろうか。
熊本電鉄では、16日から25日まで「クリスマス電車」が運行されている。
街中の煌びやかなイルミに比べるととても地味な手作り感たっぷりのラッピングだが、まぁそれがクマデンらしくて良い。
週末、久しぶりに子どもを連れて空港に行こうと思ったら、7002D→1001Mの順で立て続けに発熱。
飛行機撮影は年末年始までお預けに。
しかし、昼寝に入った子どもたちを琥珀に預けてちょろっと近場のクマデンまで撮影に抜け出したところ、「のん植原ホームページ」ののん植原さんとお知り合いになった。青ガエルの撮影においでになられていたそうだ。
のん槇原さんは「鉄道ファン」誌に写真を掲載されるほどの方。鉄道写真を撮られる方はぜひリンクをたどっていただきたい。
子どもが熱を出さなかったらなかったであろう出会い。
これもまた縁である。
撮影データ:
(上)熊本電鉄菊池線 黒石-電波高専前 α700+70-200mmF2.8
(下)熊本電鉄菊池線 御代志 α700+17-50mmF2.8

久留米に長いこと住んでいた関係で、まだ福岡銀行とお付き合いがある。
熊本支店は私の職場からはちょっと遠いのだが、ちょっと冷たくなった空気が気持ちよかったので昼休みに歩いて行くことにした。
熊本市役所の前を通ると、木枯らしが銀杏並木に美しい黄色の雨を降らせていた。
α700が手元にないのが惜しい。

2007.11.10 熊本県合志市
EX-V7(以下写真同じ)
ヨ8000。車掌車と言うかつて貨物列車の後端に連結されていた車両である。
我が家からクルマで10分の所にある公園で発見。
かつては貨物ヤードにごろごろしていたし、その後も街角のいたるところでたこ焼き屋やら何やらで活用されていたような気がするが、最近はすっかり見なくなったことに改めて気づく。

テールランプのカバーが失われていたり、シートのモケットが破損したりしているものの、子どもの遊び場として活用されている割には、車内外ともに保存状態はよい。
「日本国有鉄道」もうすっかり歴史を帯びた名称になってしまった。

こんな表示は、史料的価値もありそう。
線路から遠く離れてしまった車両の余生。
また子どもたちと声をかけに来よう。

秋葉原からTX(つくばエクスプレス)にふらっと乗車。

地下から高架、高架から地下と慌しくアップダウンを繰り返していくうちに、電車は郊外へ。
30分もすると、のどかな風景の中を最新鋭の電車が爆走する。

筑波山麓では大規模な開発も行われていた。
都心まで1時間圏内。10年後にはここの風景も一変していることだろう。
わずか50分でつくばに到着。モバイルスイカを改札にかざすと1,150円も徴収されてびっくりした。
割高な運賃設定に加え、都心の電車としては圧倒的な速度で距離を稼がれてしまったからだろう。

つくばで何をするまでもなく来た列車に乗る。
列車に揺られ、流れ行く風景に思いを任せる。
あたかも用のあるようなそぶりで、意味もなく途中の駅で降りる。
この感覚、忘れかけていたなぁ。
秋葉原に向かうため淡路町から歩いている時に、懐かしい場所の前を通った。

この秋大宮の「鉄道博物館」が開業したため、それに先立ち閉館になった「交通博物館」である。
最後に訪れたのが「THE 山手線」の試遊台を取材したときなので、既に6年前のこと。
今にして思えば、閉館前にもう一度くらい足を運んでおきたかった。

今ではレールが寂しく佇むだけ。
軌間が標準軌であることが、かつて0系新幹線の前頭部が展示されていた場所だということを教えてくれた。

熊本に戻ってくると、前職場のU所長からの封書が届いていた。
以前にも紹介したが、U所長の送ってくる日々のコラムはオフラインなのが残念である。
無論、オフラインゆえに書ける、というのはあるのだろうが。
そんな中に、U所長が自らの方向感覚を独白する内容のものがあった。
「東京から新宿に向かうために利用した山手線だったが、なぜか新宿につくまで1時間以上かかった。ぐるりと反対回りしていたのだった」
本当に、U所長は新宿にたどり着いたのだろうか。
山手線はご存知のとおり環状線である。東京と新宿はその東と西でほぼ反対に位置する駅であり、外回り、内回りどちらを利用しても約30分かかる。
U所長は反対回りしたことを気にしているが、じつは反対に回ったところで結果はあまり変わらない。
ましてや、1時間以上乗車したと言うことは確実に1周したのである。新宿で降りたつもりが新橋だったとか、そんなオチがあったのではないかと要らぬ心配をしてしまう。
そして今更遅すぎるアドバイスではあるが、東京から新宿へ行く最適解のひとつは、中央快速線の利用である。所要約15分。次善は東京メトロ丸の内線であろうか・・・
筆者が綴った思いとは関係なく、東京-新宿間の移動を自然と検討してしまう私は、やはり鉄の血としかいいようがない。U所長には心からお詫びしたい。
・・・と人の鉄道利用にケチを付けたにも関わらず、私も最近はすっかり鉄の切れ味が落ちてしまっている。
今回の上京中、渋谷から淡路町に向かうため、大手町で半蔵門線から丸の内線に乗り換えようとコンコースの表示を見ると、「渋谷方面」「池袋方面」・・・どっちも山の手ぢゃないかとしばし考え込んだ。
横浜への往復でも東京側のどのターミナルからアプローチすればいいのか、始点駅と目的地駅の設定が複数考えられ、最後にはK.S氏にヘルプを求める始末。
どうにもこうにも、すぱっと答えを導き出せなくなったのは、鉄分の不足なのか判断能力の欠如なのか加齢に伴う記憶力低下なのか。何とも悩ましい。
乗り間違えて見知らぬ場所に行くのも一興、ととりあえず強がってはみるが。

今回の名古屋行きでは移動のスケジュールが厳しく、趣味に走る余裕はなかったのだが、途上でこんな電車にエンカウント。
かつての花形電車も、すっかり普通列車用と化しているが、それでも寡黙に働き続ける彼らの汎用性の高さと、使い続けることにこだわりがあるとしか思えない名鉄のidentityに共感を覚えずにはいられない。

朝通勤のために熊本電鉄の駅に向かうと、電車が5分ほど遅れているとの遠隔放送が行われていた。
電車自体は程なく到着したが、交換駅のたびに通常のATSとは違う警報音が鳴り、また駅発車後に出発信号機直下でいったん停止後、改めて出発をしていた。どうやら信号関係の故障のようで、代用閉塞で運行されていたようだ。
実は、先週も熊本電鉄ではある踏切が故障し、閉鎖されない踏切の手前で一旦停止して最徐行で通過していた。
私が熊本電鉄で通勤を初めて1年が経つが、どうもこの手の信号・踏切故障をよく目にする。 個人的な意見ではあるが、十分な安全が保たれていないのではないかという印象がある。
都心延伸などの話も出ているが、そもそも現行路線の維持にも疑義がある鉄道会社で、延伸後増加・複雑化する運用をきちんと果たしていけるのであろうか。
お金はないのは分かる。だが、お金がないことに甘えて、すべきことまでしていないのではないか。
愛すべき地元鉄道だけに、しっかりしてほしい。

芦北町での仕事帰りに肥薩おれんじ鉄道に乗車。
同じ区間をJR時代には何回も利用しているが、第3セクターとなってからは初めての乗車だ。
深夜ゆえにこの路線ならではのすばらしい風景が見られなかったこともあるが、真新しいディーゼルカーの軽快な音は、本来この路線が担っていた重厚長大さとは程遠く、地方のいち赤字ローカル線になってしまったことの象徴に思えた。
21時台の列車があることは非常にありがたい。が、乗客は酔客3名と学生らしき男性1名、そして背広の私。何らかの補填がない限り、この路線の維持が厳しいことは容易に察しがつく。
熊本県ではすくなからずの市町村が、実質的な「公共交通の死期」を迎えている。住民自体がすでに、公共交通に頼らなくて済むようなライフスタイルを確立している。私はいつまで、車以外の方法で出張することが可能だろうか。
白色蛍光灯で明々と照らされたディーゼルカーの車内は乗客の数とも相俟って少し寒々しかった。
おかげで、少し風邪を引いてしまったようだ。
思い切りかっぱえびせん吹いた。
ニコニコ動画見れない人には訳がわからなくて申し訳ない。

2007.5.13 島原鉄道 島原外港
天気も良く、1001Mが「船に乗りたい」と言ってきたので、有明海をフェリーで渡り島原へ。
その足で、来春に廃止が予定されている島原鉄道の通称「南目線」に乗車してきた。
島原外港で購入した切符は「硬券」で「パンチ入り」。
いまやICカードなる「目に見えない乗車券」が普及する中で、記念乗車券でもなんでもない普通乗車券としては、とても贅沢な仕様だ。
2007.4.26 九州新幹線 新水俣
DiMAGE X50
仕事で水俣へ行く所用があった。
普段なら自動車利用なのだが、一人での出張だったこともあり、九州新幹線利用をチョイス。
熊本からわずか40分の旅。部分開業とはいえ、新幹線のスピードを改めて認識させられた。
向谷サウンドの発車メロディを聞くと、鉄な心が動いて仕事を放り出したくなるが、そこはぐっとこらえて。

現在、流れ流れて山鹿市鹿本の「水辺プラザ」に移設展示されているトラス。
そのルーツは、九州鉄道(現JR九州)の千歳川橋梁なのだそうだ。
久留米から熊本へ。縁を感じる橋である。
2007.4.14 熊本電鉄 坪井川公園-打越
SDR-S200
子どもを遊ばせようと坪井川公園へ。
ちゃっかり、自分の趣味も入っているのだが。
熊本電鉄菊池線の北熊本-上熊本間は本線であるにもかかわらず、現在の運行形態では枝線扱いとなっている。
熊本電鉄はLRT化の論議が進められているが、その中でもこの区間には触れられていない不憫な「本線」。幸か不幸か、そのような中途半端な状況が「青ガエル」を延命させている。

車内の張り紙も、正直ではあるが物悲しくもあり。

2007.2.22 東海道本線(山手線/京浜東北線) 有楽町-新橋
α-7DIGITAL 24-135mmF3.5-5.6
有楽町ビックカメラの近くのガード下にて懐かしい名前を発見。
国鉄なのに地下鉄と書いてある不思議な設備だが、この下を走っている地下鉄の消火設備への送水口なのだろうか。
何度も補修した跡のある壁、重要な設備と思われるのにメンテナンスされた跡のない設備。日本の大動脈の下には、都会の時間を抜け出したかのような世界があった。

2006.12.24 熊本電鉄 上熊本
DiMAGE X50
完全?週休二日。早朝勤務と言ってもクマデンの始発は6:31。
青ガエルにも乗れるかも?
来たれ若人。

2006.1.27 南阿蘇鉄道 立野
α-7DIGITAL 24-135mmF3.5-5.6
道の駅めぐりの道すがら、「あそ1962」を見ようと立野駅へ立ち寄った。
しかし、駅員さんにそのことを伝えると「今日は来ないよ」との返事。あいにく冬季の検査運休に重なってしまったようだ。
ではということで、南阿蘇鉄道のホームを散歩する。
国鉄高森線時代から乗っているが、最近はすっかりご無沙汰である。
車両もいつの間にか大型のディーゼルカーになっている。
車両が更新できるほどということはそれなりの経営状況なのだろうか。この路線とつながるはずだった旧高千穂線、高千穂鉄道は災害によりその使命を果たすことができなくなってしまったが、南阿蘇鉄道にはこれからも生活の足として、そして南郷谷の風景のひとつとして走り続けて欲しいと思う。
春になったら、「あそ1962」と組み合わせて乗りに行くことにしよう。

2007.1.6 熊本電鉄 北熊本
SDR-S200
先日まで某市営地下鉄の高速運転士だった「KANSAI」さんが寝台特急に乗るために来熊された。
久しぶりの再会である。
そのKANSAIさんも幼少の頃に乗っていたという南海22000系(現熊本電鉄200系)に北熊本で再会。
昼に熊本入りされ、夜の寝台特急「なは」出発までの短い時間であったが、ミニトリップと鉄道談義で楽しい時を過ごした。
2007.1.3 鹿児島本線 崇城大学前-西里
SDR-S200
家族全員調子が悪い。
子ども二人はお腹を壊すし、7002Dにいたっては発熱で始終泣き喚いている状況。
正月だというのに疲れきっている中、K.S氏に電話をすると「列車撮りに行きませんか?」というお誘いが。
では気分転換にと、1001Mを連れて出かけることにした。
寝台特急「はやぶさ」は、正月という繁忙期にもかかわらず6両というコンパクトな編成だった。
しかもよく見ると車両の帯が白と銀でちぐはぐだったりする。
私が子どもの頃は憧憬の存在だった「ブルートレイン」も、今や走る姿から演歌が聞こえてきそうだ。
1001Mや7002Dが大きくなる頃には、その存在自体が年表の向こうの出来事になりそうである。
2006.12.24 熊本電鉄
SDR-S200
こちらの方がびっくりされていたので。
確かに青ガエルは揺れるが、それは電車のせいというよりは路線のせいのような気も。
もうひとつ。
2006.12.17 熊本電鉄
DiMAGE X50
念のため申し述べておくと、営業運転中の電車である。
2006.12.24 熊本電鉄 上熊本
SDR-S200
動いてます。
渋谷ではオブジェと化してしまったようだが、こちらではまだまだ現役である。
諸般の事情で、老体に鞭打たれているというのが現実であったりもするが。
-----
予告どおり、クリスマスイブは熊本電鉄の交通社会実験に参加して楽しんできた。
実験の様子と、思ったことについては少しまとめてからまた書こうと思う。
今日はこれからサンタになるのでこの辺で。

熊本電鉄が12月24日に交通社会実験を行う。
(参考)きくち電車クラブより
http://dodochan.com/kikuden/xmas/061224.pdf
運賃100円、終日15分間隔、終電2時間延長(それでも22:25だが)の大サービス。
パークアンドライド、バスアンドライドやスモールタウンの実証も兼ねて行われるようだ。
実験大好きの私としては、家族ぐるみで参加する予定。

2006.12.8 熊本電鉄 三ツ石
DiMAGE X50
霧の朝の柔らかく濃密な空気が好きだ。
こんな朝は、KBC「モーニングモーニング」の主題歌だった徳永英明の「愛の中から」が頭の中を流れる。
なぜだろう。

2006.11.30 熊本電鉄 藤崎宮前-黒髪町
au W21CA
仕事帰り、すっかり冷たくなった夜風が新鮮で、一駅歩きながら風を感じた。
熊本電鉄の有名な併用軌道区間を、最終電車がゆっくりと通り抜ける。
冬の夜は早い。
熊本電鉄の夜もまた然り。

2006.11.18 西鉄宮地岳線 津屋崎
α-7DIGITAL 24-135mmF3.5-5.6
宮地岳線の夜。
ほんのわずかな乗客の足音が雨の中に消えたあとは、静かな、静かな時間が駅に訪れる。