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2006年7月14日
若き薩摩の群像

2006.7.14 鹿児島市交通局 鹿児島中央駅前
DiMAGE F100
鹿児島中央駅は西鹿児島と呼ばれていた頃の面影はほとんどなくなってしまった。
県都の玄関にふさわしい活気と先進感にあふれていたが、その一方で叙情的だった「西駅」が学生時代の思い出とともに懐かしく思い出される。
歳を取るしかない自分に比し、若返ることの出来る街が少しだけうらやましい。
写真は、鹿児島中央駅に行ったことがある方ならすぐ分かるであろう某ランドマークから撮影。
左側にある「若き薩摩の群像」は、数少ない西駅時代から引き継がれたものの一つである。
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>九幹開業に伴い設立された肥薩おれんじ鉄道やけど、早けりゃ3年後にも資金が枯渇する見通しらしい。(無他愛より)
華やかな鹿児島中央駅・九州新幹線の一方で、肥薩おれんじ鉄道は、近い将来その存廃が論議されることは必至と思われる。JR貨物の行う貨物輸送との絡みもあるのですぐに廃止ということにはならないだろうが、旅客鉄道として生き残るにあたっては、地域住民がそのコストを負担できるかどうかが鍵となるだろう。
地域コミュータ鉄道が黒字である必要は必ずしも無い。必要なのは地域の資産として、その維持費を受益者(=地域)が均等に負担するというコンセンサスが得られるかどうかである。
「公的機関が赤字をたれながすとはケシカラン」「税金を投入するなんてとんでもない」と思う限りは、私たちはこれからも地域の足を失い続けることになるだろう。そして、その結果交通を特定のデバイスにのみ依存することが、新たなリスクとコストを生み出すことを、私たちはいずれ実感するはずだ。
コメント
>tsmaniaさん
光デビューおめでとうございます(^^
私はADSL回線で十分満足しているのですが、光回線の高速さを体験させてもらうとやはり羨ましくもなります。
通信会社はどこも今は(悪い意味で)大差ないです。キャリアの多少のイメージは目をつぶって自分の使いやすい回線を使われるのが良いかと思います。
肥薩おれんじ鉄道をはじめとした地方ローカル線の問題は、地域がいかに「共有財産」としての鉄道を意識できるかが鍵だと思います。「私だけよければいい」という人が多い中で、その共通意識を作り上げることは大変困難なのが現実ですが・・・
投稿者 さいくん : 2006年7月21日 00:49
最近、ようやく広域帯回線デビューしましたtsmaniaです。いやー、今までの狭隘回線とは比較にならない速さですな。さすが腐劣痛光です。商売上手なみかか(何年か前の、職員10の5乗人リストラの敢行以来、どうにもイメージが悪くなった!)の手の内に落ちたというのが唯一のアレですが、ま、使い勝手が俄然良くなったのでヨシとしませう。あれが悪いこれが悪いだのと言っていても、何も始まらんのでね。
私事はさておきまして、肥薩おれんじ鉄道の件。かなり経営が厳しいようですね。赤字があまりにも大きく、このまま行くと3年後に資金が枯渇…というのですから。沿線自治体の人口の少なさ、(地方共通の現象である)自家用車の普及率の高さ、さらに、熊本や鹿児島中央といった拠点駅への乗り入れできずといった不利な条件もあって、経営はかなり苦しいだろうとは思っていましたが、まさかここまでとは…。この路線、肥薩おれんじ鉄道の大株主であるJR貨物にとっては生命線でありますし、赤字だからといってそう容易に経営を投げ出したりすることはないでしょうが、先行きが懸念されます。
では。
投稿者 tsmania : 2006年7月19日 19:16