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2005年8月18日

電車男が思う電車男のスガタ。

わが職場の上司、U所長はいつも世の連れ連れをA4のレポートにして私にくれる。
政治から生活、芸能まで幅広いテーマとそれに対する省察はとても楽しく、ためになる。
常々Blogで公開してほしいと頼むのだが、「アナログ人間」を標榜して逃げてしまうので残念な限りだ。

ある日、「電車男から見ると電車男はどう見えるのか」という質問をもらった。
ざっくり「電車男はネットの雑多な情報から自らに有意な情報を引き出す能力があったというだけでしょう」と回答したら、「非常に卓見である」とお褒めの言葉?を頂いた。

私は、ネットのまとめスレ(と後日談を含めたその周囲の情報)を知るのみで、リアルなスレの流れは知らないのだが、事の真偽はともかくとして(というか、あの掲示板の出来事の真偽を確かめようということ自体がナンセンスだと思う)、ネットと言うツールを最大限利用し、現実世界に活用した成功事例として、電車男というケースは非常に分かりやすく、良い事例だと思う。

しかし、実はこのケースのようなことは、ネットを少し心得た人たちなら日常的にやっていることだ。

私は買いたい電化製品があると家電製品板でその製品の情報についてチェックする。マンセーからダメポ、スレ違いまであるが、カタログ情報では得られないその製品の「ふいんき(雰囲気ではない、ふいんきだ)」を感じることができる。情報をみて優良可不可を決めるのは私自身だ。

判断の材料としてのネット利用。そのこと自体は特別なことではない。
私は家電製品板で家電の購入の是非について考えた。
電車男は毒男板で彼女との付き合い方について考えた。
主語は、あくまで自らの手にあるのであって、ネットは判断材料に過ぎないのだ。
ネットに全依存している電車男をイメージすると「彼女との付き合い方をネットで聞くなんて」と思うだろうが、あくまで判断材料の一つとして利用する電車男をイメージすると、電車男の行動はごくごく自然に見えてくる。
スレの節々に見える「未成熟なように思える彼のキャラクター」に惑わされてはダメなのだ。

ところで、テレビ版での電車男はそんなネット界の電車男とはまるで違う人格を有している。
偏執的で主体性がなく依存的。情報丸呑み。
本人自ら語る「スペック」から想像される「ヲタ」像から、テレビスタッフが導き出したものだろう。
テレビスタッフは気づいているのだろうか。電車男の提供した自らの「スペック」。それ自体もネットの情報であると言うことを。

もし本当に電車男がそんな人格だったら、雑多な情報が飛び交うネットの中で、自分に有益な情報を手に入れられたとは思えない。彼は、スレの人間から実にさまざまな情報を「引き出して」いる。情報の取捨選択だけでなく、スレの人間から情報を巧みに誘導し、引き出させている。彼はテクニシャンだ。

ネットの世界の住人たちは、実に多様で、幅広い価値観の人間の集まりである。
電車男も、そんなごくごくありふれた人間のひとりであろう。
ただひとつ、サブカルチャーに興味をもっている。そのことが社会と自分との間に距離を作っていただけではないだろうか。

ネットをヲタの世界として描くテレビ版は、一面を過剰に強調し、多様で幅広い価値観が作り出した物語を「テレビの範囲内」に収めてしまった。

偏執的で主体性がなく依存的。情報丸呑み。

これはネット界と言うより、むしろテレビ業界とそのユーザの姿ではないかと思うのだが、いかがだろうか。


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