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2005年8月15日
事故調を何だと考えているのか
共同通信「「認識おかしい」と国批判 日航系機事故で福岡県知事」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050815-00000086-kyodo-soci
認識がおかしいのはどっちなのだろうか。事故調とは何か、自ら学び直して欲しい。
http://araic.assistmicro.co.jp/araic/commission/welcome.html
事故調は航空機事故・鉄道事故の責任追及機関ではない。
JO機の事象は確かに派手であったが、エンジンがトラブルを起こし異常燃焼、引き返す事例は航空界の中では既知のことであり、その対応についてもある程度確立されているのだ。事故調が派遣されないのは当然であり、それにもかかわらず国土交通省は航空機部品が地上に落下したという事実、現在のJALのおかれている状況や世論に配慮して、特別の調査チームを組んでいる。県知事は何を見ているのか。
しかも、毎日新聞ではこうある。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050815-00000051-mai-soci
飛行機の運航ばかり考えている専門家の偏り、一種の『専門バカ』みたいなところがあるのではないか
これが、県のトップの発言であろうか。
今も事故調査委員会のスタッフは、JR西日本尼崎事故をはじめ、多くの事故からその真実に近づくための取り組みを行っている。その人たちを侮辱する発言ではないのか。
雰囲気でものを発言するような人間が県のトップにいる。県民として非常に恥ずかしく、残念だ。
コメント
>tsmaniaさん
ども、掲示板ほっぽり出して失礼してます。(汗
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha05/12/120816_2_.html
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha05/12/120817_.html
上記サイトは国交省のJO機がらみのニュースリリースです。国交省は「事故」ではなくあくまでも「トラブル」(=イレギュラー運航?)という判断だったのですが、あまりにも話が大きくなりすぎて、ましてや県知事まで出てきたので仕方がないといった感じがしてます。
>さいくんさん
見方で競ってるのではなく、煽り方で各社競っている感じですね。
客観的にそして冷静に報道する機関が一つくらいあってもよいかと思います。
投稿者 K.S : 2005年8月20日 22:32
JO機の事故がどうで、かつ事故調査委員会が派遣されないのはなぜ云々というのは、専門家でない私にはよう判りませんので何ともいえません。私が問題にしたいのは、以下の3点です。
(1)JALをどうにか貶めたいが為に調査チームを組成する国土交通省の異常な行動
(2)一様な内容の報道しかできないマスコミの低脳ぶり
(3)事故調査委員会を”専門バカ”と罵った福岡県知事の暴言
その中でも特に許し難いのが、(1)と(3)でしょう。前者は、マスコミが作り出したJALに対する社会的ないじめの構図に乗っかって、さも自分こそが正義だと言わんばかりの悪行であります。後者は、事故調査委員会に対する侮辱そのものであり、断じて許し難いものです。どのような意図があってか知りませんが、しかし、およそ地方行政の長が発すべき言葉ではないでしょう。福岡県知事には、発言の取消と、事故調査委員会への謝罪を求めたいですね、本当に。
それでは。
投稿者 tsmania : 2005年8月19日 07:19
一般市民が批評するならともかく、県行政のトップが決められた物差しを曲げるような発言をするのは信じられません。決められたルール、手順に基づいて公正に事象の処理をするのが行政の役割ですから・・・無理を通して道理を引っ込められるなら、行政はいりません。自己矛盾に気づいていただきたいものです。
新聞やメディア、同じような捉え方しか出来ないならこんなにたくさんはいらないですね。全国紙・経済紙・地方紙各一社、テレビはNHKと民放1局で十分かもしれません。
投稿者 さいくん@1088M : 2005年8月18日 01:18
いつの間にかに「出火」とか「事故」という扱いになってますね。<各見出し
こういうときに「横並び」な視点ではなくて別な視点で見る新聞が一つくらいあったもいいのではないかと思います。例の脱線事故の時に自制をするようコメントしたように。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050816-00000130-kyodo-soci
恐らく一般の人には↑の件が「重大インシデント」で今回JO機の件がそれに当たらないと言うことが分からないのでしょう。
これまでの件もそうですが、論理的に判断できる能力が全般的に失われつつあるのではないでしょうか。もちろん感情に訴えていく必要もときにはあるでしょう。ただきっちり理論立てて話をしないと単なる「騒ぎ」で終わってしまい、何の解決を見ないまま出来事が消費されるだけのような気がします。
投稿者 K.S : 2005年8月16日 21:26